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博士課程は飛躍への備え、耐え忍ぶ今が将来の糧になる

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 分子神経生理学研究室 教授
研究キーワード:神経科学/嗅覚/神経回路形成/分子生物学/電気生理学

研究者としての道を選んだ経緯を教えてください

正直なところ、きっかけと呼べるほど大した出来事はありません。東京大学に進学した当時の私は、勉強よりも趣味のサッカーや友人達と過ごすことに没頭していて、気がつけば学部二年次の進振りが目前。なんとかその時希望した理学部の生物化学科には進学できたものの、自分がどの研究室でどんな研究をしたいかなど具体的な見通しは立っていませんでした。

生物化学科への配属が決まった学部二年の冬、学科の専門科目として、当時 東京大学大学院 理学系研究科の教授であった坂野仁先生の講義を聴講しました。坂野先生は、免疫グロブリンの遺伝子再構成でノーベル賞を受賞した利根川進先生の研究室で先駆的な仕事をされ、ご本人もカリフォルニア大学バークレー校の教授として研究室を主宰したことのある国際的にも大変著名な先生です。180 cmを優に超える長身やユニークな長髪という坂野先生の独特な風姿と、先生の口から語られる研究の裏話や歴史的な発見に至るまでの経緯に大いに魅了され、「こんな面白い先生がやる研究ならば面白いに違いない」と、研究の内容というより人に惹かれて坂野研究室の門を叩くことを決意しました。

研究室に配属されると、坂野先生から「博士号を取得するまでに何をするのかが君のその後の人生を決める。頑張りなさい。」という言葉をかけられました。当時の私は研究者として生きていく確たる覚悟や自信を持ち合わせていなかったので、自分が博士号を取り研究者となることが既に決まっているかの様な物言いに面食らったのを今でも覚えています。

当時の坂野研は、嗅覚系の神経回路をモデルに、高等動物の神経回路がどのように作られているのかという問いに取り組んでいました。実験動物であるマウスにおいて、匂いの受容を担う嗅覚受容体遺伝子の数は約1000個(ヒトは約400個)存在しますが、マウスはその数をはるかに超える数十、数百万種類の匂い分子を識別することができます。このような高度な識別は、脳内の神経細胞による情報処理に支えられており、この情報処理の機能は神経細胞同士が繋がってつくるネットワーク、すなわち神経回路によって創り出されています。

私は神経細胞がどのようなルールで繋がる相手を選択しているのかについて興味を持ち、発達過程のマウスの嗅覚系を題材に研究を進めました。道のりは平坦ではありませんでした。実験技術を駆使し、いくつもの遺伝子改変マウスを解析して、ついに嗅覚の神経細胞の突起がいつ、どの位置に伸びるのかを決める基本原理を掴みます。その後、博士課程を1年オーバーして、なんとか生物分野のトップジャーナルの一つであるCell誌にその成果を発表することができました。論文の掲載が決まった瞬間には、これまでの努力が報われた嬉しさと安堵、そして自分は自然界に存在する揺るがない法則の一つをこの手で見つけたというやや自己陶酔を含んだ達成感が心に溢れていました。坂野先生の言葉の通り、この経験が確かに私のその後の人生を決めていたのかと、今改めて思い返しています。

研究者が研究を続けていく上で大切だと思うことはなんですか

研究者が研究を続けていくために必要なものの一つは、自分の頭で考えて重要な問題を見つけ、その問題の解決に向けて真摯に取り組む力でしょう。しかし、重要な問題というのがなかなか曲者で、基礎科学の場合、いわゆる人の役に立つ、特許が取れるということではありません。その分野における既存の概念を一新し、より統一的に現象を理解できるような根本的な原理を明らかにすること、生物学でいうならば、一見すると多種多様な生き物において、それらの根底にある生命に共通した普遍的なメカニズムを見つけることと言ったらよいかもしれません。大切なのは、そういった問題に対して、心から面白いと興味を持つことができるかどうかです。好奇心が潰えなければ、どんな障害があっても研究を続けるためのモチベーションを維持できるのではないかと思います。そのために、自身の心に余裕と遊びを残しておくのも大切ですね。

また私個人の経験ですが、人とのつながりを重んずることは「研究者が研究者を続けていく上で大切なこと」です。研究というと、どうしても一人で没頭し、抜きんでた個性を武器に優れた論文を出すことが素晴らしいことのようなイメージを持たれがちですが、研究者がよい研究をしているときには、必ずそれを影で支えてくれている人や研究をスムーズに進められるよう良い環境を整備している誰かがいるものです。

私自身、自分の研究生活が順調な時にこそ、己の置かれている状況に感謝し、自分が他の研究者にどのような影響を与えうるか、相互に発展していけるような関係性が築けているか、という視点を持つように心がけています。そして、そのような心持ちでいると、自分が危機に瀕した時や人生の岐路に立たされた時、必ず誰かが手を差し伸べてくれます。

研究を続けていく上で重要なことと研究者を続けていく上で重要なこと、研究者として自分と向き合うことと他人と向き合うことと言い換えてもいいかもしれません。この二つを意識することが非常に大切であると考えています。

アカデミア研究者を目指す博士学生に、メッセージをお願いします

自分の博士課程を振り返ると、将来に対する不安と日々こなさなければならない膨大な量の作業に押しつぶされ、身体的にも精神的にも厳しい時間が長かったなと感じています。同じように感じている博士課程の学生さんも多いのではないでしょうか?しかし研究者として生活を重ねていってみると、あの時間があったからこそ今いかなる逆境に陥ってもなんとか歯を食いしばって立ち向かっていけるのだと思えるのです。

もちろん中には博士課程の間に研究成果が大きく花開く人もいるでしょう。しかし個人的には、博士課程というのは自分が将来、高く飛ぶために足元にあるバネを押し縮めているような時期であったと感じています。もし皆さんが苦しい状況に置かれていたとしても、耐え忍ぶ今が将来の糧になることを忘れないでほしいと思っています。

また、博士課程になると研究生活にも慣れいろいろなことが一人でできるようになる半面、修士課程の頃に感じていたような研究に対する新鮮さが薄れなかなか己の成長を感じにくくなってきます。こういった研究に対する慣れや停滞感のようなものが、研究生活を退屈なものに感じさせてしまうことがあります。しかし、体力も気力も溢れた二十代のこの時期にどれだけ頑張れるか、これが、将来自分が研究者としてどこまで高く飛べるかを決めるといっても過言ではありません。是非、この時期を大切にして日々やるべきことに全力で向き合ってほしいと思っています。

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